対称式・交代式
対称式
このページでは, 簡単のために, 多項式の係数は実数の範囲で考える.
係数を複素数の範囲に広げても, 有理数または整数の範囲に限定しても同様の議論が可能である.
一般の場合については,「注意」を参照されたい.
定義《対称式》
- (1)
- 多項式 $f(x_1,\cdots,x_n)$ がどの $2$ つの変数を入れ替えても同じ式になるとき, つまり $\{\tau (1),\cdots,\tau (n)\} = \{ 1,\cdots,n\},$ $\tau (k) \neq \tau (l),$ $1 \leqq k < l \leqq n$ ならば \[ f(x_{\tau (1)},\cdots,x_{\tau (n)}) = f(x_1,\cdots,x_n)\] が成り立つとき, $f(x_1,\cdots,x_n)$ を $x_1,$ $\cdots,$ $x_n$ の対称式 (symmetric polynomial), 単に対称式と呼ぶ.
- (2)
- $x_1,$ $\cdots,$ $x_n$ のうち $r$ 個の変数の積すべてにわたる和 \[ s_{n,r}(x_1,\cdots,x_n) = \sum_{1 \leqq k_1 < \cdots < k_r \leqq n}x_{k_1}\cdots x_{k_r}\] を $r$ 次の基本対称式 (elementary symmetric polynomial) と呼ぶ.
補足
$x_1,$ $\cdots,$ $x_n$ の対称式 $f(x_1,\cdots,x_n)$ とは, どのように変数を入れ替えても同じ式になるような多項式, つまり集合 $\{ 1,\cdots,n\}$ 上のすべての置換 $\sigma$ に対して
\[ f(x_{\sigma (1)},\cdots,x_{\sigma (n)}) = f(x_1,\cdots,x_n)\]
が成り立つような多項式に他ならない.
ここで, 集合 $\{ 1,\cdots,n\}$ 上の置換とは, $\{ 1,\cdots,n\}$ を定義域かつ値域とするような関数のことである.
すべての置換は $2$ つの要素を入れ替えるだけの置換 (互換と呼ぶ) の合成関数として表されるという事実から, この言い換えが可能である.
例《対称式》
- (0)
- すべての定数は対称式である.
- (1)
- すべての $1$ 変数多項式は $1$ 変数対称式である.
- (2)
- $s_{2,1} = x+y,$ $s_{2,2} = xy$ は $2$ 変数基本対称式である. $(x-y)^2$ は $2$ 変数対称式であるが, $x-y,$ $xy^2$ はそうでない.
- (3)
- $s_{3,1} = x+y+z,$ $s_{3,2} = xy+yz+zx,$ $s_{3,3} = xyz$ は $3$ 変数基本対称式である. $(x-y)^2+(y-z)^2+(z-x)^2$ は $3$ 変数対称式であるが, $x-y+z,$ $xy^2z^3$ はそうでない.
- (4)
- $s_{4,2} = xy+xz+xw+yz+yw+zw$ は $4$ 変数対称式であるが, $xy+yz+zw+wx$ はそうでない.
注意
$x_1-x_2$ は, $2$ 元体 $\mathbb F_2$ 上の多項式とみなせば対称式になり, $x_2$ を定数とみなしても対称式になる.
このような混乱の恐れを取り除くには, 係数をどの範囲で考えているのか, またどの変数について考えているのかを述べる必要がある.
定理《対称式の多項式の対称性》
対称式の多項式, つまり多項式の各変数に対称式を代入することによって得られる多項式はすべて対称式である.
証明
$n$ 変数多項式 $f(x_1,\cdots,x_n),$ $g(x_1,\cdots,x_n)$ が対称式であるならば,
\[\begin{aligned}
(f+g)(x_1,\cdots,x_n) &= f(x_1,\cdots,x_n)+g(x_1,\cdots,x_n), \\
(fg)(x_1,\cdots,x_n) &= f(x_1,\cdots,x_n)g(x_1,\cdots,x_n)
\end{aligned}\]
もまた対称式であることから従う.
定理《対称式の基本定理》
$n$ を正の整数とする.
すべての $n$ 変数対称式 $f(x_1,\cdots,x_n)$ はある多項式 $\varphi (x_1,\cdots,x_n)$ を用いて
\[ f(x_1,\cdots,x_n) = \varphi (s_{n,1},\cdots,s_{n,n})\]
の形に表される.
証明 (E. Waring, $1762$ 年)
$0$ でない $n$ 変数単項式 $m = cx_1{}^{e_1}\cdots x_n{}^{e_n}$ に対して,
\[\delta (m) = (e_1,\cdots,e_n)\]
と定める.
さらに, $0$ でない $n$ 変数多項式 $f$ に対して, $f$ を単項式 $m_i \neq 0$ $(i \in I)$ の和として表したときの $\delta (m_i)$ の辞書式順序に関する最小値を $\delta (f)$ と定める.
$n$ 変数対称式 $f$ が定数でないとき, $f$ の項のうち $\delta (f) = \delta (m_1)$ となる項 $m_1$ を $c_1x_1{}^{e_{1,1}}\cdots x_n{}^{e_{1,n}}$ とすると, $e_{1,1} \geqq \cdots \geqq e_{1,n}$ となり, 基本対称式の積の定数倍 \[ f_1 = c_1s_{n,1}{}^{e_{1,1}-e_{1,2}}\cdots s_{n,n-1}{}^{e_{1,n-1}-e_{1,n}}s_{n,n}{}^{e_{1,n}}\] について \[\delta (f) > \delta (f-f_1)\] が成り立つ. 辞書式順序で $\delta (f)$ より小さい $n$ 個の非負整数の組は有限個しかないから, この操作を続けていくと, いくつかの基本対称式の積の定数倍 $f_1,$ $\cdots,$ $f_r$ について \[\delta (f-f_1-\cdots -f_r) = (0,\cdots,0)\] となる. これは $f-f_1-\cdots -f_r$ が定数となることを示しているから, 対称式 $f$ は基本対称式の多項式として表すことができる.
$n$ 変数対称式 $f$ が定数でないとき, $f$ の項のうち $\delta (f) = \delta (m_1)$ となる項 $m_1$ を $c_1x_1{}^{e_{1,1}}\cdots x_n{}^{e_{1,n}}$ とすると, $e_{1,1} \geqq \cdots \geqq e_{1,n}$ となり, 基本対称式の積の定数倍 \[ f_1 = c_1s_{n,1}{}^{e_{1,1}-e_{1,2}}\cdots s_{n,n-1}{}^{e_{1,n-1}-e_{1,n}}s_{n,n}{}^{e_{1,n}}\] について \[\delta (f) > \delta (f-f_1)\] が成り立つ. 辞書式順序で $\delta (f)$ より小さい $n$ 個の非負整数の組は有限個しかないから, この操作を続けていくと, いくつかの基本対称式の積の定数倍 $f_1,$ $\cdots,$ $f_r$ について \[\delta (f-f_1-\cdots -f_r) = (0,\cdots,0)\] となる. これは $f-f_1-\cdots -f_r$ が定数となることを示しているから, 対称式 $f$ は基本対称式の多項式として表すことができる.
上記の定理は, 次の定理の系として示すこともできる.
定理《一般 $n$ 次方程式の解の公式の存在条件》
$k$ を標数 $0$ の体, $n$ を正の整数とする.
- (1)
- $t_1,$ $\cdots,$ $t_n$ の $i$ 次基本対称式が $s_i$ $(1 \leqq i \leqq n)$ であるとき, \[ k(t_1,\cdots,t_n)^{S_n} = k(s_1,\cdots,s_n)\] が成り立つ.
- (2)
- $K = k(a_0,\cdots,a_{n-1})$ を $k$ 上の $n$ 変数有理関数体とする. \[ x^n+a_{n-1}x^{n-1}+\cdots +a_1x+a_0 = 0 \quad \cdots [\ast ]\] は, $n \leqq 4$ のとき $K$ 上べき根で解けるが, $n \geqq 5$ のとき $K$ 上べき根で解けない.
証明
変数 $t_1,$ $\cdots,$ $t_n$ をとり,
\[ (x-t_1)\cdots (x-t_n) = x^n+a_{n-1}x^{n-1}+\cdots +a_1x+a_0\]
として,
\[ K = k(a_0,\cdots,a_{n-1})\]
とおく.
このとき, 解と係数の関係により
\[ a_{n-i} = (-1)^is_i \quad (1 \leqq i \leqq n)\]
が成り立つから,
\[ K = k(s_1,\cdots,s_n)\]
である.
- (1)
- $n$ 次対称群 $S_n$ の各元 $\sigma$ に対して $\sigma (t_i) = t_{\sigma (i)}$ と定めると, $s_1,$ $\cdots,$ $s_n$ は $S_n$ で固定されるから, \[ L \supset L^{S_n} \supset K\] となる. Galois 理論の基本定理により, $L/L^{S_n}$ は $S_n$ を Galois 群とする位数 $n!$ の Galois 拡大である. また, 冒頭の $n$ 次多項式の $K$ 上の最小分解体は $L = k(t_1,\cdots,t_n)$ であるから, $L/K$ は Galois 拡大であり, $\mathrm{Gal}\,(L/K)$ は $S_n$ の部分群とみなせるから, その拡大次数は $\#\,S_n = n!$ 以下である. よって, \[ n! = [L:L^{S_n}] \leqq [L:K] \leqq n!\] が成り立つから, $[L:L^{S_n}] = [L:K]$ つまり $L^{S_n} = K$ である.
- (2)
- (1) により, $[\ast ]$ の $K$ 上の Galois 群 $\mathrm{Gal}\,(L/K)$ は $S_n$ に一致する. よって, Galois の可解性判定定理により, $[\ast ]$ は, $n \leqq 4$ のとき $S_n$ の可解性により $K$ 上べき根で解け, $n \geqq 5$ のとき $S_n$ の非可解性により $K$ 上べき根で解けない.
交代式
定義《交代式》
- (1)
- 多項式 $f(x_1,\cdots,x_n)$ について, どの $2$ つの変数を入れ替えても符号を変えた式になるとき, つまり $\{\tau (1),\cdots,\tau (n)\} = \{ 1,\cdots,n\},$ $\tau (k) \neq \tau (l),$ $1 \leqq k < l \leqq n$ ならば \[ f(x_{\tau (1)},\cdots,x_{\tau (n)}) = -f(x_1,\cdots,x_n)\] が成り立つとき, $f(x_1,\cdots,x_n)$ を $x_1,$ $\cdots,$ $x_n$ の交代式 (alternating polynomial), 単に交代式と呼ぶ.
- (2)
- $\dfrac{n(n-1)}{2}$ 次斉次多項式 \[{\mathit\Delta}_n(x_1,\cdots,x_n) = \prod_{1 \leqq k < l \leqq n}(x_k-x_l)\] を $x_1,$ $\cdots,$ $x_n$ の差積 (difference product) または最簡交代式 (simplest alternating polynomial) と呼ぶ.
補足
$x_1,$ $\cdots,$ $x_n$ の交代式 $f(x_1,\cdots,x_n)$ とは, 集合 $\{ 1,\cdots,n\}$ 上のすべての奇置換 $\sigma$ に対して
\[ f(x_{\sigma (1)},\cdots,x_{\sigma (n)}) = -f(x_1,\cdots,x_n)\]
が成り立つような多項式に他ならない.
ここで, 集合 $\{ 1,\cdots,n\}$ 上の奇置換 $\sigma$ とは, 順列 $1,$ $\cdots,$ $n$ の隣り合う数字を入れ替えて順列 $\sigma (1),$ $\cdots,$ $\sigma (n)$ を作る際に奇数回の操作を要するような $\{ 1,\cdots,n\}$ 上の置換のことである.
例《交代式》
- (0)
- 実数係数の対称式は交代式でない.
- (1)
- 奇数次の項のみから成るすべての $1$ 変数多項式は交代式である.
- (2)
- ${\mathit\Delta}_2 = x_1-x_2,$ $-{\mathit\Delta}_2$ は $2$ 変数の交代式であるが, $x_1-x_2{}^2,$ $x_1x_2{}^2$ は対称式でも交代式でもない.
- (3)
- ${\mathit\Delta}_3 = (x_1-x_2)(x_1-x_3)(x_2-x_3),$ $-{\mathit\Delta}_3$ は $3$ 変数の交代式であるが, $x_1-x_2{}^2+x_3{}^3,$ $x_1x_2{}^2x_3{}^3$ は対称式でも交代式でもない.
定理《交代式の基本定理》
$n$ を正の整数とする.
すべての $n$ 変数交代式 $f(x_1,\cdots,x_n)$ は差積 ${\mathit \Delta}_n(x_1,\cdots,x_n)$ で割り切れて, その商は対称式である.
証明
$1$ 以上 $n$ 以下の相異なる整数 $k,$ $l$ に対して
\[ f(x_1,\!\cdots\!,x_l,\!\cdots\!,x_k,\!\cdots\!,x_n) = -f(x_1,\!\cdots\!,x_k,\!\cdots\!,x_l,\!\cdots\!,x_n)\]
であるから, $x_k = x_l$ とすると
\[\begin{aligned}
f(x_1,\!\cdots\!,x_k,\!\cdots\!,x_k,\!\cdots\!,x_n) &= -f(x_1,\!\cdots\!,x_k,\!\cdots\!,x_k,\!\cdots\!,x_n) \\
2f(x_1,\!\cdots\!,x_k,\!\cdots\!,x_k,\!\cdots\!,x_n) &= 0 \\
f(x_1,\!\cdots\!,x_k,\!\cdots\!,x_k,\!\cdots\!,x_n) &= 0
\end{aligned}\]
が成り立つ.
よって, $f(x_1,\cdots,x_n)$ を $x_k$ に関する $1$ 変数多項式とみなして因数定理を適用すると, $x_k-x_l$ で割り切れるとわかる.
$k$ と $l$ は任意であるから, $f(x_1,\cdots,x_n)$ は ${\mathit\Delta}_n(x_1,\cdots,x_n)$ で割り切れる.
そこで,
\[ f(x_1,\cdots,x_n) = {\mathit\Delta}_n(x_1,\cdots,x_n)q(x_1,\cdots,x_n)\]
とおく.
$1$ 以上 $n$ 以下の相異なる整数 $k,$ $l$ に対して, 上記の等式により
\[\begin{aligned}
&{\mathit\Delta}_n(x_1,\!\cdots\!,x_l,\!\cdots\!,x_k,\!\cdots\!,x_n)q(x_1,\!\cdots\!,x_l,\!\cdots\!,x_k,\!\cdots\!,x_n) \\
&= -{\mathit\Delta}_n(x_1,\!\cdots\!,x_k,\!\cdots\!,x_l,\!\cdots\!,x_n)q(x_1,\!\cdots\!,x_k,\!\cdots\!,x_l,\!\cdots\!,x_n)
\end{aligned}\]
つまり
\[\begin{aligned}
&-{\mathit\Delta}_n(x_1,\cdots,x_n)q(x_1,\!\cdots\!,x_l,\!\cdots\!,x_k,\!\cdots\!,x_n) \\
&= -{\mathit\Delta}_n(x_1,\cdots,x_n)q(x_1,\!\cdots\!,x_k,\!\cdots\!,x_l,\!\cdots\!,x_n)
\end{aligned}\]
が成り立つから, 両辺を $-{\mathit\Delta}_n(x_1,\cdots,x_n)$ で割ると
\[ q(x_1,\!\cdots\!,x_l,\!\cdots\!,x_k,\!\cdots\!,x_n) = q(x_1,\!\cdots\!,x_k,\!\cdots\!,x_l,\!\cdots\!,x_n)\]
が得られる.
これは $q(x_1,\cdots,x_n)$ が対称式であることを示している.